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JAPAN

苦境をバネに生まれる味 岩手を訪ねて~矢巾から遠野へ~

840_iwate_gourmetride_01text by Melinda Joe/photographs by Luuvu Hoang

日本には、「あるはないに勝る」ということわざがあります。
何事であれ、何もないよりは少しでもある方がまし、という意味の慎ましい表現は、今ある恵みに感謝し、その恵みを最大限に活用することの大切さを思い出させてくれます。 

岩手の人々にとって、この言葉には特別な重みがあります。
今でこそ岩手県は、和牛をはじめ、アワビ、ウニ、種類豊富な果物や野菜など、美味の産地として知られ、日本における最も重要な食料生産地の一つとなっていますが、かつては厳しい寒さと変わりやすい天候の影響で、たびたび凶作に悩まされてきました。
そうした中、内陸部に暮らす人々は、様々な野生の動植物を食料として、逞しく生きてきました。
彼らの不屈の精神と創意工夫が、ここ岩手の食文化を形作ってきたのです。

岩手のDNAに流れる山ぶどうと雑穀パワー 840_iwate_gourmetride_02野生のブドウ科の一種である「山ぶどう」。
岩手県の深い森に覆われた地域では、この濃い紫色の実を丸ごと搾って、疲労回復や風邪の予防に、広く飲用していました。
現代科学によると、山ぶどうは一般的なブドウに比べ、ポリフェノールが8倍、ビタミンCが4倍、鉄分が3倍も含まれることが実証されています。
ブラジルのアサイーベリーやチリのチアシードなどのように、山ぶどうは日本原産のスーパーフードなのです。

しかし、人々の嗜好の変化やライフスタイルの変化によって、山ぶどうの消費量は年々減り、今や絶滅寸前の種に。
こうした現状を憂慮し、2006年にNPO法人「やはば山ぶどうの会」が発足、希少種である山ぶどうの栽培・育成を積極的に行っています。
盛岡市の南の小さな一画で野生の山ぶどう5種を栽培し、収穫したブドウの実は搾ってジュースに加工。深い紫色を帯びた、生き生きとした酸味が特徴です。 840_iwate_gourmetride_02「やはば山ぶどうの会」が手がける山ぶどう。つるが格子棚を這って伸びている様子が見て取ります。木々が広く間隔を空けて植えられているのは、湿度の高い夏場、風通しを良くするための工夫だといいます。

「私たちがこの野生種を守らなければ、山ぶどうはこの岩手から姿を消してしまう。それはすなわち、野生の山ぶどうの種子がこの地球上で二度と手に入らなくなるかもしれない、という意味なんです」と話すのは、山ぶどうの高い栄養価に着目するだけでなく、野生種を絶やさず守りぬくことの重要性を提唱する医師、宮田恵先生。アンチエイジングや食文化の分野での専門家でもある宮田さんは、古来、絶え間ない自然の変化に耐え抜いてきた山ぶどうは、岩手の人々の順応性のシンボルでもあるといいます。840_iwate_gourmetride_02同様に雑穀も、岩手の食文化において重要な役割を果たしてきました。
岩手では歴史的に米の生産が安定せず、キビやヒエ、アマランサスなどの雑穀が主要作物として栽培されてきました。
ビタミンやミネラル、繊維質などがたくさん含まれている雑穀は、何世紀にもわたり岩手の人々の健康を維持してきたのです。

「雑穀の『雑』の字には“粗い”とか“洗練されていない”といった意味が含まれますが、私はとても良い名前だと思うんです」と宮田さん。
「雑に混ざり合っているからこそ、タフで粘り強い。岩手では何世代にもわたってこれらの雑穀を食してきたんです。雑穀に秘められた強さは私たちのDNAの一部となっているんですよ」 

遠野の農家が醸す酒と郷土料理のハーモニー840_iwate_gourmetride_02どんな困難に直面しても前向きに、努力を続ける岩手の人々の気質は、遠野の地にどぶろく作りの伝統を復活させた江川幸男さんの中にも息づきます。
どぶろくとは、もろみを濾していない白く濁った濃厚なお酒で、昔から米農家が自家製していましたが、明治時代に酒税法が制定され、どぶろく作りは禁止されました。
しかし、自ら米を栽培し、魚を養殖し、冬場には鹿や熊の狩りに出掛け、徹底した地産地消を貫く江川さんは、どぶろくの自家醸造の復活を強く望み、15年前、政府に酒税法の改正を求めたのです。

「岩手の郷土料理は、どぶろくを飲みながら楽しむべきなんです」と江川さんは力説します。「この組み合わせこそが最高のハーモニーを生み出し、岩手の食文化を物語るものだからです」

しかし、どぶろくの自家醸造を復活させるのは容易なことではありませんでした。
江川さんが畑と民宿を営む「MILK-INN江川」のある遠野市は、特定農業者がどぶろく製造をするにあたり、酒税法規定の適用免除を国に申請しましたが、そのためにはおびただしい数の書類の提出が必要となりました。
それから2年後、2004年にようやく江川さんはどぶろく製造の特別免許を第1号で取得したのです。840_iwate_gourmetride_02どぶろく作りが禁止されて以来、その製法を知る人は既にいなくなり、江川さんは歴史学者の支援を得て製法を編み出すこととなります。
「半年かかりましたが、自分が思い描いていた通りのどぶろくを作り上げることが出来ました」という江川さんのどぶろくは、白米で作る「開拓」、雑穀を併用して作る「五穀」、赤く発色する特殊な酵母を使って仕込む「開花」、いずれも濁酒でありながらすっきりとした飲み口で、食がすすみます。  

郷土愛を育む伝統野菜を育てて
遠野市にある緑峰高校では、農業が主要教科に組み込まれ、岩手の伝統野菜を広く知ってもらう活動に取り組む学生たちがいます。 840_iwate_gourmetride_02前原達也先生の指導のもと、様々な種類の肥料や栽培方法を試しながら伝統野菜の研究を重ねる緑峰高校の学生たち。

遠野市を一望する三大山の一つである早池峰山にその名が由来する早池峰菜(はやちねな)は、濃い緑色の大きく平たい葉が特徴のアブラナ科の植物。
昔から漬け物にしたり、さっと茹でておひたしにしたり、汁物に入れて食されてきました。
冬の寒さに強く、小松菜など他の葉野菜に比べて栄養価が高いこの伝統野菜は、収穫量が少ないため、品種改良された収量の高い野菜に押されて、徐々に店頭や食卓から姿を消しつつあります。840_iwate_gourmetride_02雑穀のおむすびを早池峰菜で巻いて。

「私の夢は、この野菜を作る農家の数を増やすことです。まずはここ遠野に住む人たちに早池峰菜の良さを知ってもらいたい」と、長い髪をポニーテールにした緑峰高校の女子学生は、満面の笑みで答えてくれました。
「私は、生まれ育ったこの遠野の町が大好きです。私たちにとって、早池峰菜は特別なんです」


原価ゼロの農業が、食の安全と地域の自立を支える840_iwate_gourmetride_02生まれ故郷を愛する気持ちを抱えて6年前、それまで住んでいた東京を離れ、岩手に戻ってきた菊池陽佑さん(33歳)は、2011年、自然栽培米の生産を行う「勘六縁」を立ち上げ、翌年、妻の裕美さんと結婚しました。

大学卒業後、菊池さんは東京に出て生協へ就職しましたが、「自然栽培を導入することで、農村部の活性化を図ることができ、また環境や社会の変化に影響されることなく持続可能な農業を営むことができる」という考え方にヒントを得て、日本の主要作物である米作りを中心に取り組むことを決めます。840_iwate_gourmetride_02菊池陽佑さん・裕美さん夫妻。東京で仕事に携わる中、自分は田舎育ちなのに、作物の作り方や農家を取り巻く状況を知らない」ことを痛感したと言います。

「ゼロコスト」すなわち、「農薬・化学肥料無使用」を徹底し、水田では農業用化学物質を一切使用しない米作り。
必要となる労力は増え、生産量も減る一方でしたが、菊池さんは、「無肥料無農薬農業は食の安心・安全へのアプローチであると同時に、地域の自立につながる」と考えています。

なぜなら、化学肥料や農薬に依存する農業は、コストが高くつき、結果として農家は経済的苦難を強いられかねません。

さらに、肥料や農薬の原料の多くは海外からの輸入に頼っている状況を考えると、食料自給率約40%の国では、食の安全性を確保できない可能性が高くなってしまうのです。

菊池さんは現在、米以外にも、世界で主要穀物として栽培される雑穀(ひえ、キビ、粟など)や麦、じゃがいもなどを米同様に無肥料無農薬での栽培に取り組んでいます。
840_iwate_gourmetride_02発展途上国で暮らす人々に、原価ゼロで食物を育てる農業が、ひいては地域経済に貢献できる方法だと実証できるのではないか、と考えているのです。
「遠野が『日本のふるさと』から『世界のふるさと』になれば、と願っています」。

「農業のお陰で、私は生き返りました」840_iwate_gourmetride_02食べ物を口から取り入れるだけでなく、食べ物を育てることが私たちを元気にしてくれる。
そのことを教えてくれたのが、遠野の“立ち寄り農家”菊池範子さんです。
菊池さんは8年前、一家を支えるご主人を亡くしました。
生きる気力を失くしていた菊池さんを、集落の人々は励まし、ご主人が所有していた農地で農業を続けられるよう手助けをしてくれたといいます。
今では、菊池さんは実に様々な種類の作物を育て、多くの見学者や観光客を積極的に受け入れています。

実をたわわにつけたナスの木々や、エゴマがあちこちで芽を出している畑の一画を指差しながら、菊池さんは「農業のお陰で、私は生き返りました」といいます。

大地との結び付きを再確認できる農業。
農業のもつ大きな意味合いを、訪れる人々に身をもって菊池さんは伝えているのです。840_iwate_gourmetride_02

<矢巾地域>
◎ 特定非営利活動法人 やはば山ぶどうの会
岩手県紫波郡矢巾町大字南矢幅第8地割261番地(矢巾町商工会内)
☎ 019-697-5111

<遠野地域>
◎ MILK-INN 江川
どぶろく特区国内第1号製造許可取得
岩手県遠野市附馬牛町上附馬牛19-113
http://www.milk-inn-egawa.com/

◎ 勘六縁(かんろくえん)
無肥料・無農薬・天日干し 自然栽培
岩手県遠野市小友町16-77
http://kan6en.com/

◎ 岩手県立遠野緑峰高等学校
岩手県遠野市松崎町白岩21-14-1

◎ 立ち寄り農家・菊池範子

料理協力:
遠野で育った雑穀を使ったおにぎりと、絶品の鶏だしでつくられた郷土の味・ひっつみの制作
◎ Agriturismo 大森家 大森友子
https://sinoboo.wixsite.com/agriturismo-bigwoods

取材協力:
◎ 認定NPO法人 遠野山・里・暮らしネットワーク
http://www.tonotv.com/members/yamasatonet/index.html

本記事でご紹介している人々を自転車で巡り、地域の自然と食を存分に味わうグルメライドイベントを2017年10月14日に開催しました。
詳しくはコチラ
http://or-waste.com/?p=1177

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